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'09/07/08

  「構造家」木村俊彦氏が逝去        <<前ページに戻る

戦後、日本を代表する建築構造設計家として有名建築家に愛された木村俊彦氏が5月27日、逝去されました。82歳でした。

近年多用される「構造家」という肩書きは木村氏が日本で初めて名乗ったと言われますが、まさにその名にふさわしい活躍でした。
そのレパートリーは多種多様で、磯崎新氏、槇文彦氏などをはじめ、担当した代表作をあげると、そのまま日本の現代建築史になりそうです。

その中からひとつピックアップするならば、槙文彦氏と協働した藤沢市秋葉台体育館でしょうか。
「カブトガニ」を連想させる特徴的な形態は両氏の緊密なコラボレーションの賜物。そのタイポロジーは その後、幕張メッセの小ホール、東京体育館へと引き継がれました。
東京体育館の鉄骨建て方を見学した故ピーターライス氏は「とてもロマンティックな構造だね。完成したらぜひ見たいよ」と言ったそうです。


曲がったことが大嫌いで、弟子や施工者をどなりつけることもしばしばだったとのこと。
ここでひとつ、そんなエピソードを。


国内某県○○市に、ある建物を設計した木村氏、その設計図、 構造計算書を確認申請のために○○市に提出しました。
しかし構造が斬新なためか、市の審査担当者はなかなか理解できません。
早く審査を終了してほしい木村氏は、当時モダンな庁舎として名を馳せていた○○市役所に出向き、その担当者と直接話すことにしました。

話し合いを進めたものの、お互いの主張が異なるため、しまいには大激論に!
業を煮やした木村氏は最後の(強烈な)切り札を!

木村氏 「オマエ、お前が毎日座ってるこの庁舎、誰が(構造)設計したか知ってるか?」
担当氏 「???」
木村氏 「これはオレが設計したんだよ!!!」
担当氏 「!!!」

。。。審査は程なく終了したとのこと。


最後に木村氏の名言を。
「包丁はいつも研いでおかなければならない。使う時が来るとは限らないが。」
包丁とはもちろん「技術」の意。あらゆる建物を設計した氏らしい言葉です

晩年は数年間、病床に伏す日々だったとのこと。心よりご冥福をお祈りします。


※(建築)確認申請  :建築主(一般にはその代理人である建築士)が、ある建物を設計、建築しようとする場合、 事前にその設計図を作成し、それを市役所などの行政庁に提出して、その建物が建築の法律である建築基準法に違反していないか (適合しているか)の審査(確認)を受けなければならない。 これを建築確認申請という。提出書類には建築平面図などのほかに構造平面図(伏図)、構造計算書などが含まれる。 その審査が修了しない限り、建物の工事を着工できない。


関連書籍


\3,990
オススメ度
★★★★
SPACE STRUCTURE ―木村俊彦の設計理念
渡辺 邦夫 , 金箱 温春 他(著)     
木村氏の設計理念を門下生たちが解説

木村氏の門下生たち -渡辺邦夫氏、佐々木睦朗氏 など- が氏の設計哲学を、実現作の解説を交えて説明しています。

構造解析などの専門的な部分もありますが、書名の通り、設計理念などを重点的に述べられています。

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